中国茶の歴史 六大茶分類編

中国茶の歴史 六大茶分類編

さまざまな中国茶 六大茶 中国茶を知る上で大切な六大茶分類 最初に中国茶の始まりはお茶の始まりと言っても過言ではありません、別のページ では、お茶の使われ方の違いを時系列で噛・食・薬・飲と分けましたが、このページでは中国茶には豊富な品種や作り方があり、それらの組み合わせが複雑で飲み方にも影響するために1980年代に六大茶分類という考え方が提唱され中国茶の分類に役立っています。 それでは六大茶分類から見た中国茶の歴史とは様々なお茶が作られた理由は? ※六大茶分類に関しては以下のリンクから

最古のお茶は緑茶

緑茶で有名な龍井村の井戸 紀元前の文章が統一される前からの中国茶は緑茶が最初で、現在ある中国茶とは少しおもむきが違いどちらかというと日本茶に近いものだったと言われています 数ある中国茶の中でもこの当時の茶を再現したお茶は残っていません。 当初お茶は仕上げのために餅茶形状をしていましたと言われており 唐代(7~10世紀)には仕上げに蒸して発酵を止める今の日本茶に近い形でした。 ※中国から日本へ お茶樹は遣唐使である最澄が805年に持ち帰り滋賀周辺に植えたのが日本茶の最初だと中国では認識されています。

茶葉古道が生んだ黒茶

黒茶の産地雲南省イメージ 宋代初期(11世紀)1074年南宋で黒茶の最初の記述がみられます 長期にわたる安定した宋時代に お茶は交易の資源として重宝されます、北のシルクロードがシルク(絹)であれば、南(雲南~四川~チベットなど高山の険しい山を通る)の茶葉古道などはお茶をメインに交易が盛んになりました。 当時緑茶は運搬用に餅茶が主流で包装には竹皮が使われていました。 茶葉古道は中国雲南省大理が出発点ですが、道中霧深くも高山のため乾燥も強く 餅茶はわずかにしけっても高山の乾いた空気で乾燥してしまう そのようなことを繰り返していくうちに 緑茶が二次発酵する形になり みるみる茶葉に色が着きました。 そのお茶飲むと緑茶の酸化した味のクセなどが変化しており体にも良いが独特の香りが芳醇で美味しいと偶然の産物が黒茶を生んだと言われています。

時代の繁栄が生んだ 白茶・黄茶

白茶の天日干し風景 明朝の始祖である朱元璋に禁止された団茶 また形だけでなく蒸茶仕上げが炒茶に変わると、中国茶も味より香を求めてその基準が変化していきます。 これから276年間も続く明代 時代の安定が大衆文化を育てます
  • 1554年 白茶
  • 1570年 黄茶
が出現します。 当初は白茶は茶葉の色で白に近いものを集めたと茶葉と言われていますし、黄茶も同じように黄色い茶葉の色で集めたものと言われました。 実際には、闘茶と言われるお茶の決闘はこれら白茶や黄茶で行われていました。 闘茶の内容は
  • 茶湯が透明に近いのに味が強いもの
  • どちらの茶葉が長い間水に浮くか
など今では、お茶の品質にあまり関係ないような基準だったみたいです。

交易が生んだ 紅茶

茶畑をバックに茶摘みの人々 紅茶イメージ 中国での紅茶の記述は1650年 時代は清代に変わっています。清代は明と違って内乱よりも西洋諸国との争いの時代 当初から外国との交易の盛んで この時代に初めて紅茶の記述が出てきます。 紅茶は大航海時代に緑茶が日にさらされ紅茶に変化したとか様々な話がありますが、実際には清代に貿易港として栄えた福建省廈門 その福建省の名産が茶 そのお茶を外国人の嗜好に合うように改良されて紅茶が生まれたとも言われています ちなみにイギリスで最初にお茶が売られたのが1657年 当初は万病に効くという東洋の秘薬という触れ込みでした。

竹かごに入れたらできた 烏龍茶=青茶

青茶・烏龍茶のイメージ 岩茶の里
烏龍茶の歴史上の登場は1717年と古いのですが、有名になったのは1900年代当初に 国外の品評会で優勝し 外貨獲得のための名産品として作らるようになってから。
烏龍茶の名前の由来は黒くカラスのよう茶葉の力強さが龍のようにそこらついたとか、これ以外にも竹かご伝説※とか また烏龍茶は特殊な品種で 今までのお茶と違い成長した茶葉を使います、また高温で入れても苦みが出にくい品種なので熱湯で さらに烏龍茶は地域性が強く 福建省・台湾・広東省の一部の地域に生産地が限られています。

竹かご伝説とは、

猟師の「ヌーロン」が竹かご背負って山で狩猟をしていたのですが、突然走り出した猟犬を追ってやぶに入るも結局収穫ゼロ 翌朝竹かごを背負おうとしたら 竹かごからさわやかな香りが 中を見ると竹かごで擦れた数枚の葉 これは昨日飛び込んだやぶの葉だと 直感的にお茶にして飲んでみると さわやかな香りと味のバランスが・・・・ この伝説の猟師 「ヌーロン」がなまって「ウーロン」と呼ばれるようにとも たしかに、前の日に収穫して 竹かごで細かい傷を入れて 一晩冷まして これは現代の烏龍茶づくりに通じるものがあるんですよね
注意1 烏龍茶=青茶
これは2000年代に最近中国政府の意向で これから六大茶分類の青茶を烏龍茶と呼び変えるみたいな決定がなされたので
注意2 岩茶について
ここでは岩茶は別です。岩茶も烏龍茶ではあるのですが、さまざまな伝説が多くかなり不確定要素も強いのでここでは烏龍茶=安渓周辺の茶葉という認識で書いていきます。

植林で渡った台湾茶

台湾茶のイメージバナー 1645年オランダ支配時代に原住民が、お茶の野生樹を見つけ飲用した習慣があったとか しかし台湾原住民は文字を持たないため文化伝承されず詳細は不明です。 1796年に福建省の武夷山から外貨獲得のために茶の植林と製茶技術が伝わったと言われています。 台湾四大銘茶として“凍頂烏龍”“文山包種”“木柵鉄観音”“東方美人”などが有名です。 福建省からの植林のため当初その生産はほとんどが烏龍茶品種でしたが 現在では紅茶・ジャスミン茶・緑茶などの生産も 中国大陸と大きく違うのは、品種管理で新しい品種が生まれています。

あまりものが生んだ花茶

お茶以外のお茶イメージ 花茶の中国における最初の記述とは1256年宋代後期に 緑茶の残り物にジャスミンや白蘭などの花を入れて香りを茶葉に移したの最初です。 お茶としての効果は低くなりますが、より嗜好品として美味しさを求めました。 お茶の形として 前述の塊のお茶 団茶と現代のお茶に近い形状の散茶両方の記述が出てきます。 宋代は中国でも法治の時代で北にモンゴル族の金があり、宋は戦わず貢物などを金に送ることによってその独立を保ちます。 南方特産の花茶も北の蛮族に貢物として献上されるために生産されたのかもしれませんね。 しかし あまりに金に貢ぎすぎて宋は自滅し 1271年にモンゴル族の金が元として新王朝を樹立します。

まとめ:中国茶の歴史 六大茶分類編

六大茶分類 これらをふまえ時系列でまとめてみました。 現在数千にものぼる中国茶を飲み方によって分類するために考えられた六大茶分類という茶葉の発酵方法で分類する方法。 これをお茶の製法による歴史順に考ええると緑茶→黒茶→白茶→黄茶→紅茶→青茶(烏龍茶)となります。 自然に生まれた茶葉が外圧・政治・文化など様々な流れの中でもまれながら成長してきました。 これで中国茶の歴史シリーズは茶的利用編に続き2本目です。

監修者 荘 慶裕(そう・よしひろ)

台湾と日本の両方にルーツを持ち 中国国内に三カ所しかない茶学部・国立福建農林大学茶学部に短期留学 ホテル、中華料理店、カフェなどでの中国茶カウンセリングや中国茶講座などで活動中